冬休みの版画刷り
2010年12月
雪道を走りながら登校する業。
『12月26日、教室でみんなの版画刷るからもしよかったら誰か手伝いに来てくれ』
ガラ
常本先生「お!業!」
業「一番乗りだ!」
常本先生「刷り終わった作品をこっち側に移していってほしいんだ」
業「わかった!」
常本先生「助かるよ」
☆★☆
常本先生が単純作業する姿を見守る業
三回目から指示なしで手伝えるようになった
常本先生の集中が研ぎ澄まされていく
☆★☆
常本先生「業、エニグマって言葉、聞いたことあるか?」
業「えにぐま?初めて聞いた!」
常本先生「どんな意味だと思う?」
業「エニグマ...マグマみたいな何か?」
常本先生「お~面白いな」
業「正解は?」
常本先生「エニグマは西洋の言葉で謎とかパズルを意味するんだ」
業「よく分からないもの?」
常本先生「そうだでもパズルって意味もあるならいつか解けるはずだ」
業「エニグマはどこにあるの?」
常本先生「みんなの心の底に居る」
業「底?一番下ってこと?」
常本先生「コンパスの中心をエニグマと考えたこともあったがだんだんしっくりこなくなってね」
業「丸じゃなくて地層に考え直した?」
常本先生「!そうか、地層がしましまになるのが不思議って言ってたな」
業「うん!」
常本先生「あの時は全然何とも思わなかった」
業「先生の子供の頃の不思議は螺旋を怖がる人」
常本先生「層になってるものを螺旋に見立てるから出れなくなるんだ」
業「どこから?」
常本先生「箱の中から」
業「箱...」
常本先生「いつの間にかまとわりついて外からは絶対開けられない箱が出来上がる...人の心の中に」
業「内側から開けるしかないの?」
常本先生「そうだしかし中には誰もいない」
業「じゃあパズルじゃないんじゃない?解けないなら」
常本先生「いや中にいない「ハズ」なんだ。ほんとは中に誰かがいる」
業「そいつはなんで出ようとしないの?」
常本先生「約束があるからさ」
業「誰との?」
常本先生「箱の外にいる誰かとの」
業「箱の中に居るのがエニグマ?」
常本先生「いかん、喋りすぎた」
業「へへ、秘密を聞いちゃった」
ガラ
常本先生「おっ栞も来てくれたか」
栞「誰か来てると思って!業だった!」
田澤「おっはよー!」
常本先生「アスカも来たか!」
田澤「休みもいいけど来ていいなら来ちゃうわよ、ね!」
業「ほんとそれ」
常本先生「三人とも冬休みはどうしてたんだ?」
業「宿題もう終わっちまって退屈だよ」
田澤「ゲームとかないの?」
業「無い無い!俺んち超退屈だよ」
常本先生「家の人たちにはなんて言ってきた?」
栞「お昼はどうする?って聞かれた!」
常本先生「長くても11時には終わるよ、しかし3人も来てくれるとは思わなかった」
業「手が余る?」
常本先生「そうだな、今日は特別授業だ」
栞「版画の手伝いを交代でしながら、常本先生の話が聞きたい」
常本先生「うん、そうしようか」
業「俺が来る前のこと聞かせてくれよ」
田澤「じゃあまず、2年生の時の劇の話をしましょう?」
常本先生「4組に4色の色を与えた」
栞「1組は赤」
常本先生「2組は青」
田澤「3組は白」
栞「4組が黄色!」
業「それでそれで?」
常本先生「4つの色の妖精たちはどの色が一番いいかでもめるんだ」
田澤「お互いをけなし合うの」
栞「夢中だったけど、今思うと悲しい」
業「それからそれから?」
田澤「あたしたちは赤をけなした後、青は海の色、どこまでも深い。青が地球で一番広い色なのだから青が一番だって言うの」
栞「なつかしい!」
常本先生「よく覚えてるなあ」
業「白の妖精たちはなんて言ってくるんだ?」
田澤「青は冷たい、残酷な色。」
栞「みんなを暗くして自分だけがいい思いをしようとするって」
常本先生「自分たちのことを言い終わったら反論できないんだ、劇の構成上ね」
業「それで4つの色が自分らのこと褒めた後はどうなるんだ?」
田澤「最後はみんな違ってみんないい!ってなるんだけど」
栞「たしかちょっとむずかしいセリフが間にあった」
常本先生「『自分以外の色がなかったら、自分の色もわからないんじゃない?』」
業「青しかなかったら青って言葉もいらない」
田澤「言葉で区別する必要がなくなるものね1つの色しかないのなら」
栞「赤い太陽、白い雪、黄色い花、青い空」
業「最後にあの歌を歌ったのか?」
田澤「そう、青が最後だったの」
栞「みんなで4つの色の歌を歌った」
業「赤の歌は?」
栞「赤は、手のひらを太陽に」
田澤「白は雪やこんこ」
栞「黄色はたんぽぽ」
業「4番目が青い空に絵を描こう、か」
常本先生「白黒の版画を刷りながら色とりどりの話をする、何とも言い難いな」
栞「業は赤いやねの家を歌ってくれたよね」
常本先生「業が去った後のクラスはさぞさみしいだろうなあって思ったよ」
業「あいつらなら平気だよ!」
田澤「きっとそうなんでしょうね」
栞「そうだ」
田澤「どうしたの?」
栞「実は4年2組、クラス替えをしてないの!」
田澤「そうよね!」
業「小耳には挟んでたけど、1年からずっとみんな一緒なのか?」
常本先生「無責任な授業をしてしまったからな」
栞「そんなことない!」
田澤「口実よね?校長先生にお願いして6年間受け持つことになったの」
常本先生「口実なんかじゃないさ、俺は不完全な授業をしている」
業「6年でまとまる授業ってこと?」
常本先生「そういうことだ、いや、それを目指している」
業「みんなにどんな授業があったか聞かないとな」
田澤「途中からでも問題ないわよ、業が来たのは運命なんだから」
常本先生「アスカ...業は育ての親のおじいさんが亡くなられてこっちに来たんだ」
田澤「あ...」
栞「そうだったんだ」
業「気にするなよ、アスカ」
田澤「ごめんね」
業「いいんだよ!」
栞「業が来たのはうれしいけど」
田澤「...業はどうなの?」
業「アスカの言った通りさ」
常本先生「運命だっていうのか?」
業「決まってたことなのかもしれない」
常本先生「そんなことないぞ」
業「そうなのかなあ」
常本先生「決められた運命なんてないのさ」
栞「全部自分で決められる!」
常本先生「そういうこと」
田澤「変えられないことだってあるわ?」
常本先生「それを宿命っていうんだ」
業田澤栞「なるほど...」
第2話 冬休みの版画刷り つづく