常本先生の一番危険な授業


2011年

5年2組

ガラ

常本先生「はーい社会の時間でーす」

田澤「今日は何ー?」

常本先生「いつも通りに教科書を開いてくださーい」

女子生徒A「何ページですかー!」

常本先生「鎌倉時代の勉強をしまーす」

一同「探せー!!」

みんながページをめくってる間に

悪人正機

と黒板に黄色いチョークで大きな4文字を常本先生は書いていた。

生徒B「あったよ!」

生徒C「あった!」

「あった!」「あった!」

常本先生「この文字のあるページを開けたかな?」

ミカミ「見つけたよ先生!」

常本先生「まだ見つからない人手を挙げてー」

誰も手を挙げない。

常本先生「よし」

業「(いつもの光景だなあ、みんないつも通りにワクワクしてる)」

常本先生「黒板を見てくれ」

常本先生が白いアンダーラインを2つに分けて引く。

常本先生「悪人、正機。悪人にのみに、正しいチャンスがある。」

サブタイトル『常本先生の一番危険な授業』

歎異抄の勉強、悪人こそが救われると真剣に言っている常本先生に、クラスのみんなは今までの授業が何だったのかわからなくなる。悪人正機に猛反発する。

ミカミ「親鸞って人がそう考えてたのはわかったよ!常本先生も同じように考えてるの!?」

田澤「そうよ!今までの先生の教えは何だったのよ!?」

常本先生「俺は今までお前たちに何を教えたかな?」

業以外の生徒「(『お前』って...)」

生徒D「僕たち誰にも意地悪しなかった!!我慢してたんじゃない!それが自然なことだと思えた!!」

女子生徒C「そう!わたしたちみんなちがってみんないいって劇でやったもん!!」

生徒E「1年生の頃からずっと常本先生のこと信じてたよ!!それなのに...」

生徒A「5年間も俺らのこと騙してたのかよ!」

業以外の生徒「そうだそうだー!!」

業「(なんでみんなこんな悲壮なんだ?)」

栞「常本先生、今までの時間が嘘だったの?」

常本先生「さてそれこそが俺の言いたかったことなんだ」

田澤「どういうこと?」

常本先生「俺の存在そのものが嘘だったら、みんなどうする?」

ミカミ「先生が嘘?」

常本先生「お前たちこそ本物で、でも本物じゃない人もこの世界にいるとしたら...そしてその本物じゃない人間が常本哲也という嘘だとしたら...」

栞「そんなの嫌...」

常本先生「安心しろよ、みんなは本物なんだから。他人が嘘でなぜ困る?」

業以外の生徒「嫌だぁ!」

泣き出す子も出てくる、常本先生は全然動じない。

常本先生「どうしてこのクラスにはいじめがないと思う?」

田澤「やめて...!」

常本先生「俺が嘘だって思えばつじつまが合わないか?」

栞「聞きたくない!!」

ミカミ「嘘だ嘘だ嘘だ!!!常本先生が嘘だなんて嘘にきまってる!!!!」

常本先生「お」

業は猛烈な違和感を抱いた。

業「(機嫌をよくした?今ので?なんで?)」

女子生徒F「常本先生も本物だもん...」

ミカミ「そうだよ!なんで先生は自分が嘘だって思うんだ!?」

田澤「(!)それは教えてくれないんですか先生!!!」

常本先生「核心に迫ってきたな(でもダメだろうな)」

業「嘘も方便」

一同「!!」

常本先生「業、それはちょっとまだ早いな」

業「順番が逆だってかまわないさ、みんなちゃんと理解する」

みんなが業を振り返る。すがるような眼で。

業「親鸞って言ったっけ。いわんや悪人をや、の人は嘘で鎌かけてみんなが自分で幸せになるように誘導したかっただけなんだな?先生」

常本先生「その通り!!嘘で真実を表現しようとした!全て嘘で語ることによって新しい仏教観を構築したんだ!」

田澤「どういうこと?」

常本先生「逆になってしまったけど業、続けてくれるか?」

業「限られた人だけが幸せになれるって考えがおかしい」

常本先生「そう、親鸞は前提を疑った」

ミカミ「ぜんていって何?」

常本先生「土台になってる考え方さ。それをみんな当たり前だと思ってる」

田澤「あたしは不思議でたまらない...たれにきいてもわらってて...あたりまえだということが...」

常本先生「金子みすゞの『不思議』か、いいぞアスカ」

田澤「国語の時間に読んだのあたしだもん...」

みんなちょっとずつ思い出がほんとだったことに安心し始める。

常本先生「(揺り返せ)(ダメだ俺を信じろ)あの日は業が転校してきたんだっけな」

生徒A「そうだよ」

常本先生「業、5年間の当たり前を疑ったみんなが、お前にはどう見えた?」

業「なんでこんな必死なんだ?って思ったよ」

常本先生「そうなのか。みんな、こわかったか?」

ミカミ「まだ怖いよ...」

常本先生「悟りを開くことができるのは限られた人間だけってのが仏教の当たり前だったんだ、それは反対に見れば、悟りを開けない凡人は幸せになれないってことでもある」

業「だから天才とか凡人とか関係なく幸せになれるように、親鸞って人は当たり前の反対のことだけ、つまり嘘を言った」

常本先生「そこまで業が理解してるなんて、うれしいなあ(こんなところか)(上等じゃないかまだ不満か?)(当たり前だ)」

業「先生、秘密があるんだろ」

常本先生「え?(きたか!?)」

業「誰にも信じてもらえない不思議が先生の底にはあるんだ」

常本先生が少し涙ぐむ

常本先生「(覚えててくれたか...)誰の中にだってある」

業「でも先生はそれが強いんだ」

田澤「先生の中の不思議って?」

常本先生「やはり、俺の根底には嘘があるんだ」

ミカミ「またそう言う!」

常本先生「不思議そのものは、嘘としか呼べないのさ」

ガラ

生徒の視線が戸に釘付けになる。

生徒たち「美海先生!!」

美海先生「通りかかったものですから」

常本先生「まずいところを見られたな」

美海先生「あの授業をやってたんですね?」

常本先生「あの時より怖かったんじゃないかな私も前より強い言葉を使ってしまった」

美海先生「みんな?常本先生は前の受け持ちのクラスでもね、悪人正機の授業をしたのよ?」

常本先生「事もあろうに授業参観の時にね、若かったですよ、というか馬鹿です」

美海先生「その時は生徒たちが泣き出したところで保護者の皆さんが止めに入ったの、『もうやめろ』って」

常本先生「答えにたどり着けなかったそのあとは、あのクラスのケアに全力を注ぐことになった...」

美海先生「私も音楽の時間には癒しになるような曲を当時の生徒たちに歌ってもらってちょっとずつその子たちは『常本先生は嘘じゃない』って信じられるようになったのよ?」

常本先生「(それは俺の敗北でもある)業、前へ(だが今、希望を見つけた)」

業「え、何?」

常本先生「花丸をやろう」

前に出た業の右手の手のひらに青い水性ペンで青い花丸を常本先生は描いた。

業が手のひらの青い花丸を不思議そうに見つめている。

クラスのみんながそれを不思議そうに見つめている?

『僕は誰?』『あたしってなんなの?』

常本先生「みんなはみんなさ」

緊張の糸が途切れた。

ミカミ「若ちゃんがいなかったらおれ達戻ってこれなかった」

チャイム「キーンコーンカーンコーン」

常本先生「みんなありがとう、こんな授業は二度としたくない」

ミカミ「先生の底にある不思議、いつか教えてね」

田澤「あたしたち信じるもん!」

業「ねえ、どうして花丸が青なの?先生?」

業を見る一同

常本先生「青がヒントだからさ」

第3話 常本先生の一番危険な授業 つづく

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