恩師
2011年
分煙室
教頭〈声のイメージ:森雪之丞〉「常本先生、またあの授業をしたんだって?」
常本先生「早耳ですね」
教頭「君には盗聴器を仕掛けてあるからね」
常本先生「ははは!そりゃまずい!授業中迂闊なことは言えないなあ」
教頭「君が自分で自分を監視してることなんてお見通しさ」
常本先生「思考に気をつけなさい、ってことですか?」
教頭「話が早い、スピリチュアルは子供に教えられん、しかし君は体現している、それでいいんだよ」
常本先生「僕が絶好調の時に絶不調の子もいるもんです」
教頭「噛み合わないその子が憎らしくならんかね?」
常本先生「気にかけなさいってサインですよ」
教頭「誰からの?いや、君のことだから自分からの、と言うのだろう」
常本先生「教頭は僕の人格を疑ってらっしゃるようだ」
教頭「別人格をだよ」
常本先生「もう一人の僕を?」
教頭「教師になろうとする人間みんなさ。君は何と呼んどるか知らんが、もう一人いる」
常本先生「僕はエニグマと呼んでますよ」
教頭「エニグマは煙を媒体にすると思わんかね」
常本先生「まさか」
教頭「いかんな、しゃべりすぎた」
常本先生「聞き分けのいい者にはつい喋ってしまいますよね」
教頭「ふ、自分で言うかね」
常本先生「伊藤先生、僕は子供の頃から変わってしまいましたか?」
教頭「君が君の言葉で言うエニグマを見つけたことは意外ではない、ただ、君でも駄目だったかと落胆する気持ちもある...」
常本先生「このバトンを受け取ってくれた子がいるんです」
教頭「その子は男かね、女かね」
常本先生「男の子です、身も心も」
教頭「我々は、バトンどころかリレーの聖火を絶やさないのが仕事だ」
常本先生「聖火ですか」
教頭「その子を教師にしてはならん」
常本先生「その子の決めることです」
教頭「いかんな、焦ってるのか私は」
常本先生「期待してるんですよ、未来に」
教頭「未来というのはな、足跡なんだよ」
常本先生「未来が足跡?」
教頭「誰が歩いた後だと思う?」
常本先生「自分ですか?人間の自分という存在は繰り返しているのですか?同じ道を」
教頭「エニグマが歩いた跡だ、間違いなく我々は初めてそれを辿っている」
常本先生「無限ループを怖がる人の気持ちが少しわかりました」
タバコの火を消す常本先生。
教頭はまだ吸っている。
教頭「怖かったのかね?」
常本先生「僕は螺旋を怖がる人の気持ちがわかりませんでした」
教頭「私が仕込んだからさ」
常本先生「こりゃ参った、盗聴器どころか教えを仕込まれてたなんて」
教頭「君は螺旋を違うと思ったのなら何に見立てているのかね?」
常本先生「層です。人は層を登って生きている」
教頭「層か、わしはわしの使命を果たしたようだ」
常本先生「教頭、フィルター焦げちゃいますよ」
教頭「ぎりぎりまで吸っていたいのさ」